Words 1

土地と重力と、身体

Posted in 2016.5.12 | permalink

六本木クロッシング。入ってすぐの毛利悠子さんの作品と向かい合う。裏側の、丸い小さな物体(あれは磁石だろうか)が、重力とそこで働いている磁力によって、動いている、動かされている、揺れながら存在している。その様を見ていて、はっとする。この在り様は、今 僕が exhibition 神歌 のパフォーマンスのなかで目指しているものにかぎりなく近いものではないか。磁石には、重力がかかっている。僕の身体にも、重力がかかっている。磁石たちの間には磁力が働いている。僕の身体にとってのそれは、パフォーマンスに行く先先の土地、そしてそこのギャラリー、米蔵、神楽殿を巡っている空気、つまりはその土地と場所の精気に置き換えられる。鹿児島では、桜島の発しているものに大きな影響を受けながら、東京とはまったく違う風に身体が動かされていくのを感じていた。温泉という火山の恩恵を受けながらのパフォーマンスでもあった。自然にまったく身を委ねながら、動かされてゆく。同時に、自らの直感と意思によって身体を動かしてゆく。これら二つの作用のあわいに、表現が生まれている。毛利悠子さんの作品のなかの、有機的で、予測不可能で、不確かで、魅力的なその磁石の揺らぎを見ていると、やはり自らの意思はいらないものだと思えてくる。しかし、自然と人為の相互作用によってその現象を創り出しているのは、作家である毛利さん自身だ。自然と人為がどのくらいのところで合わさってゆくのか、その塩梅が、アーティストの感性で、作品がどのようにオーディエンスに届くかを決定づけているように思う。毛利さんの、あの磁石の在り様に、大きな手掛かりを与えられたようだった。つぎの巡回先である兵庫の篠山と、島根の雲南にて、ひきつづき探求を。

明日は、篠山rizmにて、パフォーマンスです。ぜひ、電車でガタンゴトン、車でビュービュー、見にいらしてください。