Words 1

Archive for 5月, 2009

objection

Posted in 2009.5.20

本当は、遠い昔からずっとずっと在ったもの。

そんなものがなくなった。

それがないから、ここの人たちは、not so happy みたい。 even sick みたい。

足りない。足りすぎているようにみえて、致命的に足りない。

私の家族も、あなたたちから、引き離された。

わたしのともだち

Posted in 2009.5.8

私の前に一枚の写真がある。

ラオスのモン族の女の子たちと撮った写真。

のぼったり、くだったり、時にはでこぼこ、でこぼこ。穏やかに連なる山々。その道の途中で遭遇した彼女たち。

「会いたかった。ずっと会いたかった。」

初めましてのはずなのに、どうしてこんなに近くに感じるのだろう。どうしてこんなに愛おしいのだろう。

私の心が、なにかを覚えている。

あなたはわたしのともだち

過去、現在、未来。

Posted in 2009.5.5

深夜‥。
温かい紅茶をいれる。そっと鍵盤を鳴らす。横にはアコースティックギターとベースとドラムスティックを置いて。
テープレコーダーに録って聴いてみる。
そんなひと時が僕にとってはとても幸せな時間、大切な時間。ゆっくりとゆっくりと時間をかけて、音にメロディーに命を吹き込んで。
日々の繰り返しの中、少しずつ音とメロディーが一つになって、鼓動が聞こえてくる。いつもこんな風に曲が出来ていく。

それは高校生の頃から変わらない。
英会話の勉強にと母親が使っていたテープレコーダーを貰った、9年前と今も同じやり方で、同じテープレコーダーで。確かカセットテープもずっと変わっていないんじゃないかな。A面、B面と一周するとまたその上から重ね録りを繰り返す。一周する頃には、一年前か二年前に録ったものが聴こえてきていつも懐かしくなる。
こうやってこの先もずっと繋いでいきたい。過去の自分も現在の自分も。変わっていくことも、変わらないことも全部この先の未来へと連れていけたらと思う。

今この文章を読んでくれているあなたにも、いつか僕らの音が届くように、響くように、コツコツとやっていきます。もう少し時間はかかるかもしれませんが、待っていて下さい。

不確かなメロディー

Posted in 2009.5.3

学生時代、友人と、「不確かなメロディー」という映画とその舞台挨拶を、観に行ったことがあります。

昨日、急逝した、忌野清志郎さんのドキュメンタリー映画です。

急にいろんなことを思い出して、さきほどから涙が出てきて、止まりません。大学生だった青春時代、僕に心の教育をくれたよき仲間たちがいました。そんな彼らが教えてくれたものの一つに、清志郎さんの音楽がありました。

書きながら、思い出したことがあります。そういえば、あの日は朝からそわそわばたばたして劇場に行ったものの、整理券を手に入れることができず、舞台挨拶を観ることができなかったのです。あきらめきれなかった僕たちは、一目でも彼を見よう感じようと、ロビーで彼が現れるのを待っていました。すると、「忌野清志郎」があのきらびやかな衣装、メークで現れて、僕たちのほうへ来てくれ、Yeah~ Yeah~~ という唄を歌ってくれた。Yeah~ Yeah~~ と話しかけてくれた。なによりもの非公式舞台挨拶でした。これが、僕が知っている清志郎さんの全部です。

私は今でも、あの頃のどくどくと内から湧き上がる熱い気持ちを覚えています。でも本当は、たった今、思い出したのかもしれません。だからこんなに涙が溢れてくるのかもしれません。

かけがえのないある一時期に、仲間とシンプルでピュアで熱い気持ちを共有させてくれた清志郎さんに、感謝します。

ありがとう

追伸: 私が最も尊敬しているジャーナリスト、筑紫哲也さんも昨年、がんで亡くなりました。自らが生きる上で、目標・指針にしていた偉大な先輩方が相次いで亡くなり、私は希望が見えないこの時代に取り残されたような気持ちです。新しい時代の到来、新しい世代の順番が来たこと、十分に理解しているつもりですが、やはり寂しいものはとても寂しいのです。