Words 1

多様な視点・論点 2

Posted in 2017.8.12

英国留学中の出来事。2003年、アメリカがイラクへの攻撃を開始した当時、イギリスでは各地で大規模なデモが起こっていた。僕はドキュメントとして記録しておきたいと思い、ビデオカメラを回していた。幾人かのインタビューも撮った。忘れもしないのは、イラクへの侵攻に抗議する大きなデモ行進とすこし距離をおいたところから、何かを懸命に訴えていた一人のイラク人の存在だ。彼のことが気になって、話しかけて、彼の声を聞いてみた。とても穏やかで優しい人だった。彼の話を聞いて、とても驚いた。「フセインがいなくならなければ、僕たちの国イラクの未来はないんだ。だからイラクへの侵攻はひつようなんだ」と言うのだ。戦争反対を訴える大規模なデモの傍らで、母国イラクへの攻撃を「致し方ない」こととして、その場でのマジョリティーに対して、一人小さな声をあげていた彼。その声はあまりにも小さくて、何人にも届かなかったと思う。そこには、怨恨や悲しみにより戦争や殺戮が致し方ないこととされてしまう歴史上の捻れがある。彼は自らの意志でイラクでの不自由な暮らしから逃れ、イギリスに亡命してきていた人だった。後日、ニューキャッスルのおうちに招いてくれて、他のイラク人のお友達とともに、イスラムの食事をご馳走になった。彼は心根の優しい人で、僕はこわい思いをしたり、何かを強要されたりすることは一切なかった。温かい時間だった。彼のような人は本来、戦争など望むはずはない。昨今のイギリスでの出来事を思う。ニューキャッスルの彼は、元気にしているだろうか。
可能な限り 多くの異なる視点のことを慮りながら、物事を見つめていたいと望むようになったのは、この時からだと思う。写真は、エッセイ集「表現と息をしている」のなかに文章とともに掲載しているもので、許可を得て、モスクで撮影したものです。

明日8月13日の17時〜「八月に想う」と題して、神谷町の光明寺にて、トークショウを行います。日本のお盆に、鎮魂の思いも含みながら、NHKのドキュメンタリードラマ「あんとき、」のことや、エッセイ集「表現と息をしている」のなかに綴った社会や世界の出来事についてなど、お話したいと思っています。対談相手としまして、東京大学医学部付属病院の医師・稲葉俊郎さんをお迎えします。稲葉さんや 皆さんと 対話するかのように進めていくことができればと思っています。また、後半には、謡いや音楽とともに、パフォーマンスも行う予定です。ぜひ ご来場ください。

多様な視点・論点 1

Posted in 2017.8.12

早稲田大学にて。東アジアをはじめとする各国からの学生たちが、長崎と東京で8日間を共にし、歴史について考え、話し合い、最後にグループごとに「1945年8月」という架空の共通歴史教科書を作成するというプロジェクト。その成果発表を含めた「東アジア共通の歴史認識は可能か:キャンパス・アジアの取り組み」を聴講。

あらゆる対話が英語によって重ねられる講義の中で、学生たちの国際的で、多様な視点・論点に触れて、自分の思考に新たなスペースが広がってゆきました。ものごとを断言しない ゆたかな空白のようなもの、できるなら そのままに受容する ゆとりのようなもの、そんな余地について、感覚として手掛かりがもたらされました。

2001年9月11日以前から、それ以後にかけて、僕は英国留学中に、その困難のほうにあまりにも多く直面しすぎて、身体中に酷い蕁麻疹ができ、一度 心身ともに終わったような大変苦い経験をしたけれど、昨日の早稲田大学での出会いや出来事は、あらゆる経験を経た、その道の先にあったものだと心底実感できて、それは一つの「明かり」となって、この道の先を照らしてくれています。

8月13日の17時〜「八月に想う」と題して、神谷町の光明寺にて、トークショウを行います。対談相手として、東京大学医学部付属病院の医師・稲葉俊郎さんをお迎えいたします。長崎の原爆をテーマにしたNHKのドキュメンタリードラマ「あんとき、」のこと、エッセイ集「表現と息をしている」のなかに綴った社会や世界の出来事についてなど、稲葉さんや皆さんとともにお話をしながら進めていくことができればと思っています。また、後半には、謡いや音楽とともに、パフォーマンスも行う予定です。ぜひ ご来場ください。

NHKドキュメンタリードラマ「あんとき、」

Posted in 2017.8.8


長崎の撮影現場。1945年8月9日の原爆投下により約千五百人のうち千四百人が爆死および原爆病で亡くなったと伝えられている爆心地にほど近い城山小学校。学校にいたほとんどの人たちは、瞬時に声もなく悲惨極まりない無残な姿に化し、即死している。撮影以外の日も一人城山小学校に出かけ、校庭で過ごした。そこでは、かけがえのない出会いもあった。

ドキュメンタリードラマ「あんとき、」
NHK 総合テレビ 8月9日 (水) 午前1:00~2:13 放送
NHKドキュメンタリードラマ「あんとき、」

僕らの8・15

Posted in 2017.8.8

祖父が戦地に赴く時の写真。家族で見送りをしたという。僕の曾祖母にあたる人は、憂うように、どこか遠くを見つめているように見える。エッセイ集「表現と息をしている」のなかに、文章とともに掲載している古い写真。僕は亡き祖父から何度も戦争経験について話を聞かせてもらった。祖父の片目の眼球は、銃弾の破片により傷ついていた。祖父の記憶を確かに受け取って、それらは僕の心と身体に流れて続けている。自分をつよく突き動かすものの一つに、このように、命と命の間で、受け取ってきたものの存在があると思う。

エッセイ集「表現と息をしている」

Posted in 2017.6.28

エッセイ集
「表現と息をしている」

帯写真 森栄喜
装丁 吉村麻紀 前田征紀
対談 服部みれい 小林エリカ ミヤギフトシ
而立書房 刊
表現と息をしている

学生運動に身を投じ、あさま山荘に立て籠もった青年(若松孝二監督映画)、稀代のアナキストで関東大震災直後の混乱のなかでこの世を去った思想家・大杉栄(瀬々敬久監督映画)、満州生まれの母と長崎で被爆した父をもつ被爆二世の主人公(NHKドキュメンタリードラマ)など、僕は不思議と歴史上の人物を演ずる機会に恵まれている。この偶然には、僕自身がいつからか「世界の声なき声を、作品や番組や表現を通して、浮かび上がらせたい」とつよく望むようになったことが深く関係していて、その意思と力が働いているのだろう。

写真家という作家さんたちととても縁があった。この十年、僕は、彼らの写真世界のなかに「写る」ということを、幾度となく経験した。彼らの世界への尊い視点に触れることで、僕もまた僕自身として生きていくことへの大きな励ましを与えてもらったと思う。この本の帯には、森栄喜さん撮影の写真がおさまった。写真というもののなかで、自分の魂がとらえられたと感じたのは、初めてのことだった。

2011年3月11日。ボーカルをつとめるtokyo blue weepsの音楽が、初めて多くの人の耳目に触れることになったのは、忘れもしない、あの週のことだった。

自らの心の声を聞き、潜在的な意識に触れて、自分を深く知るところへ導いてくれたのは、そして、この心と身体とともに生きるということを教えてくれたのは、舞台芸術、パフォーミングアーツの世界だった。

ある人は、僕のことをダンサーやパフォーマーと言う。ある人は、ミュージシャンと言う。ある人は、俳優と言う。それぞれに、見ている面があるということなのだろう。僕が誰で、何であるのかは、その人が決めて良いと思う。僕は、ひたすらに、切実に、表現と息をしている、のだと思う。

小木戸 利光

Swan Lake

Posted in 2017.4.15

世田谷パブリックシアター「Swan Lake」

二代目吾妻徳穂さん、ホアキン・ルイスさん、グラシアス小林さん、お三方の舞踊公演にゲスト出演します。3月4日、5日。スペイン語とその心で進められる稽古は、マドリッドやベルリンでの日々を思い出させてくれて、ほとんど海外での創作のようです。自分をつくっている大事なものの一つに、海の向こうで過ごしてきた日々があります。そして、またその一つに、海のこちら側で過ごしてきた日々があります。「この先の十年では、そんな道々が次々と交わってゆくとよい」どこからかそんな声が聞こえてきているような稽古の途中。

Performance at SETAGAYA PUBLIC THEATRE in 4th and 5th March

長崎

Posted in 2017.4.15

NHKのドラマの撮影で、長崎にいます。春節祭、長崎ランタンフェスティバル

湯を沸かすほどの熱い愛

Posted in 2017.4.15

「湯を沸かすほどの熱い愛」。杉咲花さん、宮沢りえさん、この映画に携われた皆さんの心に、つよくつよくつよく胸を打たれました。中野量太監督。

僕のはなし。大好きな祖父母が亡くなった時、そのお別れの後、たくさん泣いたし、たくさん思い出したし、深いつかれを感じていた。だけどそれよりも何よりもその時、胸のなかに一生残るような温もりが生じていることに気づいた。「湯を沸かすほどの熱い愛」を観て、この映画から受け取ったものは、そのとびっきり温かい衝撃と愛情に限りなく近い。

中野量太監督はこの映画にまさにご自身の湯を沸かすほどの熱い愛を込められたのだと思う。 それを受けて、心の奥底から揺さぶられ、感動しています、映画を観てから時間が経った今もなお。

日本百貨店協会 PRAY FOR KUMAMOTO

Posted in 2017.4.15

日本百貨店協会 PRAY FOR KUMAMOTO

熊本地震復興支援チャリティーにて、コメントを寄せています。ささえるもん、せおうもん、うけとめるもん、もちあげるもん、という可愛い名前のくまモンたちがいます。8月7日から全国の百貨店で販売されるそうです。

皆さま、どうぞ 可愛いくまモンたちを見てみてください。

故郷の九州が元気になっていきますよう、どんなちいさなことからでも、一緒にがんばっていきたいと思っています。

PRAY FOR KUMAMOTO

全身詩人、吉増剛造展と、そのパフォーマンスにて

Posted in 2016.6.27

吉増剛造さんと飴屋法水さん。パフォーマンスの内容云々の前に、吉増さんや飴屋さんがこの世界を生きている姿そのものを見て、記憶しておかなければならないと思って、東京国立近代美術館のパフォーマンス会場に足を運んだ。

おふたりの声のあり方に、たいへんなインスピレーションを受けた。パフォーマンスのなかの声はもちろんなのだけれど、むしろアフタートークでの会話のなかの声のあり方にどきりとした。おふたりの声の響きは、言葉が具体的な意味を持つ以前の言語のあり方を思わせた。意味を伝え合うコミュニケーションとしてではなく、自然発生的に発声、発語される言葉というものも存在すると思う。それは意味を伴う言葉というよりも、「響き」とか「言霊」と呼ぶほうが近いと思う。たとえば祝詞や大祓詞とか、祭りや神楽のなかの歌とか、そういったものは、意味としての言葉もさることながら、「呪術的な響き」としての意義をそなえているように思う。吉増さんと飴屋さんの声のあり方は、そこに限りなく近いものだと感じた。そして驚くべきは、それが芸術のなかでではなく、普通の会話レベルで起こっているということだった。意味を伝え合うための話し言葉が、むしろ「響き」として存在している。吉増さんはしきりに「飴屋さんの声が揺れている、声が揺れている」とおっしゃっていた。普段この現代社会を生きていくうえでは、たいていの場合、僕たちの耳は別のチューミングをされていると思う。言葉を、意味を伝達する言葉として認識していくモードだ。だから、飴屋さんの話し声を聞くと、最初はうまく受け取れない。受信可能な周波数と違うからだ。そのことに気がついて、すぐさま耳のチューニングを変えて、しっかり受け取ろうとするのだが、そんな時に自分の内側からある声が響いてくる。

―理解しようとしなくていい。ただその響きをそのままに受け取ればいい。そもそもこれは響きとして存在しているものなのだから。それを全身で受けていればいい。やがて、自分の身体も呼応するように、響きはじめることだろう。

服部みれいさんとの対談

Posted in 2016.6.3

今年出版になる初めてのエッセイ集にて、最後に尊敬する作家さんたちと対談をさせていただくことになっていまして、美術作家のミヤギフトシさん、作家・マンガ家の小林エリカさんに続いて、文筆家・マーマーマガジン編集長の服部みれいさんとお話をさせていただきました。対談場所となったのは、服部みれいさんが新しくオープンされた岐阜県美濃市のエムエム・ブックスと、その編集部でした。

風になびく淡いピンクののれんをするりと通りぬけると、向こう側には大きく開かれた空間が広がっていて、その開かれかたは、とても突きぬけていて。光の通り道みたいにまっすぐに開かれたその空間は、一朝一夕にはならないものだと瞬時に分かるもので、胸を打たれるつよいものがありました。そのエムエム・ブックスでは、そこここに、ハワイのホ・オポノポノの存在を感じて、あぁ この空間はまさにみれいさんの人生をあらわしているのだと感じながら、思うのでした。”きっと これまでに いろいろなことがあったと思う。そして、みれいさんは、そのなかで、ひたすらにクリーニングをしてこられたのだ” と。

この日は、なんとその美濃のエムエム・ブックスにて、COSMIC WONDERの前田征紀さん、尚さんにお会いするという、素晴らしいタイミングが訪れた1日でもありまして、みれいさんとの対談のあとには、午後のあたたかい光が射しこむなかで、皆でお話をしたのでした。前田征紀さんには、このエッセイ集のデザインをお願いしていまして、期せずして、本のチームが一堂に会するということになったのでした。

最後のほう、おはなしが土地の磁場のことに及んだあたりで、而立書房の担当編集者さんが、”僕はそのあたりのことは詳しくないですので、すべて マイナスイオンということになってしまうのですが、確かに、ここにはそれを感じますね” とおっしゃられて、その言い方がなんだかとっても場を和ませてくれるようなかわいいもので、僕の心身はさらにゆるんだのでした。

心から尊敬している作家さんたちとの対談では、いつも、ほんとうにあっという間に時間が流れていきます。今回も、みれいさんとたくさんお話させていただきました。ミヤギフトシさん、小林エリカさん、服部みれいさん、素晴らしい作家さんたちとのお話を、刊行時には、ぜひ 手にとって読んでいただけましたら 嬉しいです。

写真は、みれいさんとの出会いとなったマーマーマガジン フォーメン創刊号の1ページです。服部みれいさん と 前田征紀さん と かぐれの衣服 とのまじわりの1コマです。撮影は、写真家の濱田英明さんによるものです。

ヒトとキとキと

Posted in 2016.6.3

ダンサー・森山開次さんとの共演。現在、世田谷美術館で開催中の「竹中工務店 400年の夢 -時をきざむ建築の文化史-」展へ、新作の楽曲提供をさせていただいていますが、本展を記念して行われるダンスパフォーマンス「ヒトとキとキと」のなかで、森山開次さんが tokyo blue weepsの楽曲とともに踊られます。

reunion と after the festival。森山開次さんから思いがけずご連絡をいただき、1st album「incarnations」に収録の楽曲たちの名前があがってきました。2011年に同アルバムを発表してから5年。今になって、「はじめて聴きました」とか、「公演に楽曲を使用したい」とか、そんな嬉しいお声を聞く機会が増えていて、そのことをとても嬉しく光栄に思っております。昨年末には、僕が心から尊敬する大好きな作家さんがアルバムを聴いてくださっていることを知り、激励のお言葉までいただきまして、涙したことがありました。今年に入ってからは、僕一人でのパフォーマンス公演においても、その旅の途中から long valley という楽曲とともに舞うことになりました。

もしかしたら、むしろ、今になって、新しい時代になって、はじめて楽曲たちが多くの方たちとの出会いに恵まれはじめたのかもしれません。また、僕自身が、より心の望むようにと、選択し、過ごしてきたことが、良き出会いを導いてくれたのかもしれません。進みたい。仲間たちとともに、気が遠くなるような時間をかけながら、命を吹き込むようにして、ひっしになって完成させた楽曲たちが、歳月を経て、ふるくなることなく、生きていることを、心底嬉しく思っています。新作は、美術館に提供させていただきました。よろしければ、どうぞ、パフォーマンスや展示や作品に触れてみてください ◯

世田谷美術館
ダンス・パフォーマンス「ヒトとキとキと」
出演:森山開次(ダンス) 多井智紀(チェロ)
映像:島田大介
音楽:tokyo blue weeps  
ヘアメイク:松本順 
衣裳:スズキタカユキ
照明:櫛田晃代
舞台監督:筒井昭善
日時: 2016年6月4日(土)19:30~20:30(開場19:00)

ダンス・パフォーマンス「ヒトとキとキと」